紀元前497年、55歳の孔子は魯国を離れ、弟子たちとともに14年間にわたる列国遊説の旅に出た。[1] それは奇妙なチームであった。固定的な給与体系もなく、明確な組織のヒエラルキーもなく、定量化可能な業績指標もなかった。時には諸侯に丁重にもてなされ、時には陳と蔡の間で窮し「糧を絶つこと七日」、野菜のスープ一杯すら得られない状況に陥った。[2] しかし、現代の経営基準からすれば全くの「非専門的」に見えるこのチームから、子貢、子路、顔回、曾子といった中国思想史に深い影響を与えた人物が生まれ、二千五百年にわたり存続する知的伝統が確立されたのである。
孔子は具体的にどのようにこのチームを管理したのか。『論語』の二十篇、五百余りの章句は、師と弟子の間の豊富な対話とやり取りを記録している。現代の組織行動論やリーダーシップ理論のレンズを通して見ると、これらの一見散在的な断片は、実は完全な一つの経営哲学を構成しているのだ。
一、因材施教:状況対応型リーダーシップの古典的パラダイム
1.1 同じ質問、異なる答え
『論語』で最も印象的な現象の一つは、孔子が同じ質問に対して異なる答えを与えたことである。
子路が「道理を聞いたらすぐに実行すべきでしょうか」と問うた時、孔子は「父兄がまだ存命なのに、どうして聞いたらすぐ実行できようか」と答えた。しかし冉有が同じ質問をした時、孔子は「すぐに実行せよ」と言った。[3]
傍らで見ていた公西華は困惑し、なぜ正反対の答えを与えたのかと孔子に尋ねた。孔子は説明した。「冉有は臆病で引っ込み思案だから、私は彼を前に押し出す。子路は衝動的で向こう見ずだから、私は彼を引き留める。」[4]
この対話は、現代経営学における「状況対応型リーダーシップ」の核心概念を完璧に例証している。
1.2 ハーシィ=ブランチャードの状況対応型リーダーシップモデル
1969年、ポール・ハーシィとケン・ブランチャードは状況対応型リーダーシップ理論を提唱し、効果的なリーダーシップはフォロワーの「成熟度」——能力と意欲の両方を含む——に依存すると主張した。[5] リーダーは従業員の状態に応じて異なるスタイルを採用すべきである。
- 教示型(Telling):能力は低いが意欲は高い初心者に対して、明確な指示を与える。
- 説得型(Selling):ある程度の能力はあるが自信が低い者に対して、方向性と支援の両方を提供する。
- 参加型(Participating):能力は高いがモチベーションに波がある者に対して、励ましと協働に重点を置く。
- 委任型(Delegating):能力も意欲も高い成熟した従業員に対して、全面的な自主性を付与する。
孔子が子路と冉有に異なる対応をしたのは、まさに彼らの「成熟度」に基づいた調整であった。子路は勇気が過剰で慎重さを欠いており「引き留める」必要があった。冉有は能力はあるが自信がなく「前に押し出す」必要があった。この個別化された管理アプローチは、ハーシィ=ブランチャード理論に2400年以上先行していた。
1.3 「仁」の多義的解釈
『論語』において「仁」の字は109回登場するが、孔子は一度も統一的な定義を与えなかった。[6] 顔淵に対しては「己を克め礼に復するを仁と為す」、仲弓に対しては「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」、樊遅に対しては簡潔に「人を愛す」、司馬牛に対しては「仁者はその言に訥なり」。[7]
同一の核心概念がなぜこれほど多くの異なる表現を受けたのか? それは各弟子が直面する問題が異なり、レベルが異なり、克服すべき障壁が異なっていたからである。この「因材施教」の方法は、本質的に高度に個別化されたリーダーシップ戦略なのだ。
現代の教育心理学者ハワード・ガードナーの多重知能理論は、異なる学習者が異なる知的強みと学習スタイルを持つことを強調する。[8] 孔子の教育実践は、まさにこの概念の古典的バージョンであった。
二、長所を活かす:孔子の人材配置の知恵
2.1 四科十哲:専門分化の原型
『論語』先進篇は記す。「徳行には顔淵、閔子騫、冉伯牛、仲弓。言語には宰我、子貢。政事には冉有、季路。文学には子游、子夏。」[9] この一節は後に「四科十哲」と呼ばれるようになった——孔子は最も優秀な弟子を徳行、言語、政事、文学の四つの領域に分類したのだ。
この分類は、孔子が人材の「専門性」を明確に認識していたことを反映している。彼はすべての弟子が「ジェネラリスト」になることを期待したのではなく、各人の強みの領域を見極め、その得意分野で深く発展することを許したのだ。
経営学の大家ピーター・ドラッカーはかつてこう書いた。「有能な経営者は強みの上に築く——自分自身の、上司の、同僚の、そして部下の強みの上に。」[10] 彼は真の成果は従業員の強みを活かすことから生まれるのであり、弱みを補おうとすることからではないと強調した。孔子の「四科」分類は、まさにこの原則の実践であった。
2.2 子貢の成長軌跡:「器」から「達」へ
子貢(端木賜)は孔子の弟子の中で最も成功した商人であり外交官であり、後に「儒商の祖」と称えられた。しかし彼の成長は孔子の慎重な指導によって形作られた。
初期に子貢が「私をどう思われますか」と孔子に尋ねた時、孔子は「汝は器なり」と答えた。子貢がさらに「どのような器でしょうか」と問うと、孔子は「瑚璉なり」と答えた——祖廟の祭祀に用いられる貴重な礼器である。[11] 瑚璉は大変価値のある器だが、やはり器にすぎない——「君子は器ならず」、すなわち真の君子は単なる道具であるべきではない。
この評価は肯定であると同時に期待でもあった。孔子は子貢の才能(弁舌の巧みさと商才)を認めつつも、そこで止まるなと警告した。後に子貢は、孔子がなぜこれほど博学なのかと問われた時、泰然としてこう答えた。「夫子は焉にか学ばざらん。而してまた何の常師かあらん。」[12] この返答は、子貢が孔子の生涯学習の精神を理解し、単なる「器」のレベルを超えたことを示している。
『論語』の別の箇所で、孔子は子貢を「達」——包括的な理解力を持つ人間——と評した。[13] 「瑚璉」から「達」へ——これが孔子の指導の下での子貢の成長軌跡である。
2.3 知人善任の具体的事例
孔子の人材に対する深い理解は、多くの具体的な評価に表れている。
- 子路について:「仲由や、千乗の国の軍事を管理させることができる。」[14]
- 冉有について:「冉求や、大きな領地や大家の宰たらしめることができる。」
- 公西華について:「公西赤や、正装して朝廷に立ち、外交の接待を担当させることができる。」
これらの評価は驚くほど精確である。孔子は「みな優秀だ」といった曖昧な賞賛をしたのではなく、各人が適任であるポジションと機能を具体的に特定したのだ。この「人を知る」能力は、効果的なマネジメントの基盤である。
現代の人的資源管理は「Person-Job Fit」(人と職務の適合)と「Person-Organization Fit」(人と組織の適合)を重視し、従業員のパフォーマンスと満足度は個人の特性と職務要件の一致度に依存すると主張する。[15] 孔子の弟子に対する評価は、まさにこの概念の古典的実践であった。
三、率先垂範:変革型リーダーシップの原型
3.1 「其の身正しければ、令せずして行わる」
『論語』子路篇は、孔子のリーダーシップに関する有名な発言を記録している。「其の身正しければ、令せずして行わる。其の身正しからざれば、令すと雖も従わず。」[16]
この見解は、現代の変革型リーダーシップ理論における「理想化された影響力」の概念と高度に一致している。
3.2 バーナード・バスの変革型リーダーシップ理論
1985年、バーナード・バスは変革型リーダーシップ理論を体系的に提示し、変革型リーダーは四つのチャネルを通じてフォロワーに影響を与えると提唱した。[17]
- 理想化された影響力:リーダーは道徳的模範として機能し、フォロワーの尊敬と信頼を獲得する。
- 鼓舞する動機づけ:ビジョンを提示し、フォロワーの情熱とコミットメントを喚起する。
- 知的刺激:既存の前提に挑戦し、イノベーションと独立した思考を奨励する。
- 個別的配慮:各フォロワーのニーズと発達に注意を払う。
孔子のリーダーシップスタイルは、事実上これら四つの次元すべてを包含していた。
3.3 孔子の変革型リーダーシップの実践
理想化された影響力:孔子自身が、彼が唱えた「君子」の模範であった。弟子たちは、彼が「温にして厲しく、威あって猛からず、恭にして安し」であると観察した。[18] この率先垂範の力が、弟子たちの忠誠を勝ち取った根本的理由であった。
鼓舞する動機づけ:孔子は弟子たちに「道」の理想的境地を描いて見せた。「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」という宣言は、真理への伝染性のある情熱を伝えた。[19] 列国遊説で繰り返し拒絶されたにもかかわらず、「其の不可なるを知りて之を為す」精神は、弟子たちに理想を堅持するよう鼓舞した。[20]
知的刺激:孔子の教授法は啓発を中心としていた。「憤せざれば啓せず。悱せざれば発せず。一隅を挙げて三隅を以て反せざれば、則ち復たせず。」[21] 直接的な答えを与えるのではなく、学生が苦悶している時にヒントを与え、自ら類推することを求めた。この方法は弟子たちの独立思考の能力を育てた。
個別的配慮:前述の通り、孔子の「因材施教」は、まさに各弟子への個別的な配慮であった。彼は子路の衝動性、冉有の臆病さ、宰予の怠惰、顔回の自律を理解し、各人の特性に基づいて異なる指導を行った。
四、建設的対立:チームダイナミクスの管理
4.1 子路の異議申し立てと孔子の対応
孔子の弟子の中で、子路は最も積極的に発言し師に異議を唱える人物であった。『論語』は子路と孔子の間の複数の「衝突」を記録している。
最も有名なのは「南子に見える」事件である。衛の霊公の夫人南子は、美貌と悪名で知られていた。しかし孔子は彼女に面会した。子路は深く不満を抱き、師が名声を損ねたと感じた。孔子は天に誓って言った。「予の否なる所の者は、天之を厭てん。天之を厭てん。」[22]
この一節は深い示唆に富む。孔子は子路を「師を敬わない」と叱責しなかった。むしろ真剣に自らを弁明し、身の潔白を示すために誓いを立てた。これは、孔子が弟子の質問を許容し、そのような質問をチーム内の正常なやり取りの一部と見なしていたことを示している。
4.2 建設的対立の価値
組織行動学の研究は、適度なレベルの対立がチームのパフォーマンスに正の影響を与えることを示している。カレン・ジェーンの研究は「タスク・コンフリクト」(課題に関する対立)と「リレーションシップ・コンフリクト」(関係性の対立)を区別した。前者は業務内容に関する意見の不一致であり、後者は対人的な敵意である。適度なタスク・コンフリクトはイノベーションと意思決定の質を促進し得るが、リレーションシップ・コンフリクトは一般的に有害である。[23]
孔子の学校内の対立は主に「タスク・コンフリクト」であった——弟子たちは個人的な敵意からではなく、孔子の判断や行動に疑問を呈したのだ。孔子はこのような質問を権威への侮辱として扱うことなく、忍耐強く対応した。この開放的な雰囲気が、一つの声のみのエコーチェンバーではなく、真の知的交流を可能にした。
4.3 心理的安全性の構築
ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授は「心理的安全性」の概念を導入した。これは、チームメンバーが罰や嘲笑を恐れることなく自由に意見を表明できるという共有された信念と定義される。[24] Googleの「プロジェクト・アリストテレス」は、心理的安全性が高パフォーマンスチームの最も重要な特徴であることを発見した。[25]
孔子は高度な心理的安全性を持つ学習環境を作り出した。弟子たちは「愚かな」質問をすることができ(樊遅が農業について尋ねたように)、師の決定に異議を唱えることができ(子路が南子との面会に不満を示したように)、反対意見を表明することもできた(宰予が三年の喪に反対したように)。[26] 孔子は批判することはあったが、異なる見解を持つ弟子を「解雇」したり排斥したりすることは決してなかった。
この多様な声を受け入れる文化が、孔子の学校における知的思想の開花を支える重要な基盤となった。
五、動機づけメカニズム:物質的報酬を超えた内発的動機
5.1 給与のない組織はいかに機能するか
孔子の「チーム」は、現代の企業がほとんど想像できない課題に直面していた。給与予算がなかったのだ。孔子に従う弟子たちは報酬を受け取らなかったばかりか、自ら食糧を持参し、放浪生活の苦難に耐えなければならなかった可能性もある。何が彼らを留まらせたのか。
『論語』は孔子の授業料基準を記録している。「束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨えざること有らざるなり。」[27] 束脩——干し肉十本——は極めて控えめな料金であった。言い換えれば、孔子の「ビジネスモデル」は全く利益志向ではなかったのだ。
では、弟子たちの動機はどこから来たのか。
5.2 自己決定理論と内発的動機
心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンの自己決定理論は、三つの基本的心理的ニーズを特定した。[28]
- 自律性:自らの行動が強制ではなく自発的であるという感覚。
- 有能感:挑戦に対処する能力があるという感覚。
- 関係性:他者との繋がりと帰属の感覚。
これら三つのニーズが満たされると、人は強い「内発的動機」を発達させ、外的報酬がなくとも努力を投入する意欲を持つ。
孔子の学校はまさに内発的動機の上に築かれていた。
- 自律性:弟子たちは自由意志で学びに来ており、いつでも去ることができた(冉有も子路も最終的に仕官のため離れた)。
- 有能感:孔子のソクラテス的教授法は、弟子たちに絶え間ない「気づき」の瞬間を体験させた。因材施教は各人が能力の限界点で成長することを保証した。
- 関係性:孔子の学校は緊密な知的コミュニティを形成した。弟子たちは互いを「吾が党」と呼び、強いアイデンティティ意識を醸成した。
5.3 顔回の例:物質的豊かさを超えた充足
孔子が最も称賛した弟子・顔回は、極度の貧困の中に生きた。「一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り。人は其の憂いに堪えず。回や其の楽しみを改めず。」[29] 一椀の飯、一杯の水、粗末な路地住まい——他の人には耐えられないが、顔回はそれを楽しんだ。
この「貧にして道を楽しむ」境地は、内発的動機の究極的表現である。顔回が学問そのものから得る満足は、物質的な快適さがもたらし得るいかなる幸福をも遥かに凌駕していた。孔子は顔回が「三月仁に違わず」——つまり最適な精神状態を長期間維持できることを称えた。[30]
もちろん、すべての弟子が顔回のレベルに到達できたわけではない。子貢は物質的成功にかなり注意を払っていたが、孔子はそうでないことを強制しなかった。これもまた因材施教の原則を反映している——異なる動機プロファイルを持つ弟子に対して、異なる動機づけアプローチを適用するのだ。
六、組織文化:行動規範としての「礼」
6.1 「礼」の経営学的意義
孔子の思想において「礼」は核心概念の一つである。従来「礼」はしばしば空虚な形式主義や封建的ヒエラルキーとして理解されてきた。しかし組織行動論の視点から見れば、「礼」は実際には対人的な相互作用を調整し組織の秩序を維持するために慎重に設計された「行動規範」の体系であった。
『論語』学而篇は述べる。「礼の用は、和を以て貴しと為す。」[31] この言葉は「礼」の機能を明らかにしている——調和を促進することである。法の強制力を持たない組織(孔子の学校のような)においては、互いに認め合った行動規範こそが秩序を維持する鍵なのだ。
6.2 シャインの組織文化の三層モデル
組織文化の学者エドガー・シャインは、組織文化の三層モデルを提唱した。[32]
- 人工物:観察可能なシンボル、儀式、行動パターン。
- 信奉された価値観:組織が公に表明する価値観と信念。
- 基本的前提:深層にある、自明とされている信念。
孔子の「礼」は三つのレベルすべてを包含していた。
- 人工物:具体的な礼儀作法——出入りの仕方、呼び方、各場面での対応の仕方。
- 信奉された価値観:「仁」「義」「忠」「信」などの核心的価値。
- 基本的前提:人間の本性は教育を通じて完成できる。社会秩序は道徳的自覚の上に構築される。
6.3 文化の伝承と組織の持続可能性
孔子の死後、弟子たちは各地に散っていったが、孔子の学校の「組織文化」は存続した。曾子がそれを子思に伝え、子思が孟子に伝え、儒教の正統な系譜を形成した。[33] この文化の連続性が、孔子の「組織」をその生涯をはるかに超えて存続させた。
経営学の研究は、強固な組織文化が企業の長寿の鍵であることを示している。ジム・コリンズとジェリー・ポラスは『ビジョナリー・カンパニー』において、世代を超えて存続する企業はすべて明確な核心的価値と強い文化的アイデンティティを持つと論じた。[34] 孔子の学校は、そのような持続的な組織的卓越性の古典的事例である。
七、マネジメントの限界:孔子の失敗
7.1 宰予:管理不能な従業員
孔子は万能ではなかった。『論語』は彼の管理上の失敗も記録している。
宰予(宰我)は「言語」科の優れた弟子であり、弁才に恵まれていた。しかし致命的な欠点があった——怠惰である。「宰予昼寝ぬ」——そして孔子は厳しく叱責した。「朽木は彫るべからず。糞土の牆は杇るべからず。」[35]
さらに重要なことに、孔子は宰予から一つの教訓を得たことを認めた。「始め吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る。宰予に於いてか是を改む。」[36]
この発言は、孔子もまた言行の不一致に騙され得たこと、人の管理において誤りを犯し得たことを示している。彼の偉大さは、反省し調整する能力にあった。
7.2 冉求の離反
冉求は後に季氏に仕え、富の蓄積と増税を助けた。孔子は激怒した。「吾が徒に非ざるなり。小子、鼓を鳴らして之を攻めて可なり。」[37]
これは孔子の学校における最も深刻な「離反」であった。冉求の能力に疑いの余地はなかったが(孔子は彼が大きな領地を治め得ると言っていた)、孔子の価値観に反する道を選んだのだ。これは、最も傑出したリーダーでさえ、すべてのフォロワーが共有された価値観を守ることを保証できないことを思い起こさせる。
7.3 失敗からの教訓
孔子のこれらの「失敗」は、現代のマネージャーに重要な示唆を与える。
- 人材選抜においては言葉を聞くだけでなく行動を観察せよ:面接のパフォーマンスだけに頼らず、実際の行動を観察すること。
- 価値観の一致は能力よりも重要である:スキルは開発できるが、価値観の乖離は調和させることが困難である。冉求の能力は「Aランク」であったが、価値観が逸脱した時、組織にとってマイナスの存在となった。
- マネジメントの限界を受け入れよ:すべての人を変えられるわけではなく、すべての関係を維持できるわけでもない。時に手放すタイミングを知ることが、それ自体一つの知恵である。
八、論語から現代へ:世紀を超える経営の知恵
8.1 東洋の経営思想の復興
20世紀後半、日本企業が台頭する中、西洋の経営学者は東洋の経営の知恵を再検討し始めた。ウィリアム・オオウチの「セオリーZ」、リチャード・パスカルとアンソニー・アソスの『ジャパニーズ・マネジメント』は、いずれも東洋文化から経営のインスピレーションを引き出そうとした。[38]
しかしこれらの研究は主に日本企業の実践に焦点を当てており、儒教思想の根源にまで直接遡ることは稀であった。実際のところ、『論語』は個別の企業ケーススタディよりも体系的な経営哲学を提供している。
8.2 儒教的経営の現代的応用
近年、儒教思想の経営学への貢献を体系的に研究する学者が現れ始めている。例えば:
- 「仁」とステークホルダー理論:すべての人を思いやるという儒教の重視は、R・エドワード・フリーマンのステークホルダー理論と共鳴する——企業は株主価値のみを追求すべきではなく、従業員、顧客、コミュニティを含むすべてのステークホルダーを考慮すべきである。[39]
- 「義」とビジネス倫理:儒教の「義」の概念は正当性と道徳的境界を強調し、ビジネス倫理の哲学的基盤を提供する。
- 「礼」と組織文化:前述の通り、行動規範としての「礼」は組織文化の構築のための枠組みを提供する。
- 「中庸」とバランスの取れたリーダーシップ:「中庸」は極端を避けバランスを求めることを強調し、これは現代のリーダーシップ研究における「パラドキシカル・リーダーシップ」の概念と密接に一致する。[40]
8.3 過度の理想化への警戒
もちろん、『論語』を過度に理想化したり神話化したりすることには警戒しなければならない。孔子の思想は特定の歴史的文脈(春秋戦国時代の貴族社会)の中で生まれたものであり、そのアイデアの一部(厳格な階層秩序や女性に対する偏見など)は現代世界には適用できない。
賢明なアプローチは、精髄を取り糟粕を捨てることだ。孔子の因材施教、率先垂範、知人善任、心理的安全性の醸成に関する思想は、時代を超えた普遍的な妥当性を持つ。一方で、特定の礼儀規範や社会階層の概念は批判的な検討を必要とする。
結語:対話を通じた成長
原点の問いに戻ろう。孔子はいかにしてこの「非専門的な」チームを率い、これほど深く永続的な影響を創り出したのか。
答えはおそらくこうだ。彼は「学習する組織」の原型を確立したのである。[41] この組織において、リーダーは命令を下す権威者ではなく学びを導くメンターであり、メンバーは指示を実行する受動的な従業員ではなく知識を追求する能動的な学習者であり、組織の目標は短期的利益ではなく長期的成長と意味の追求である。
『論語』の形式そのものが意義深い——それは「対話の書」であり、独白ではない。孔子の知恵は孤独の中で生まれたのではなく、弟子たちとの対話、議論、衝突、和解を通じて徐々に形成されたのだ。この「対話的マネジメント」が、おそらく孔子が私たちに残した最も重要な洞察である。
2500年後、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)のビジネス環境に直面する私たちは、この古代の師から何かを学べるかもしれない。リーダーシップとは統制ではなく鼓舞であり、マネジメントとは標準化ではなく個別的指導であり、組織の強さは制度の硬直性からではなく文化的結束から生まれるのだと。
「学びて思わざれば則ち罔し。思いて学ばざれば則ち殆うし。」[42] この格言は、『論語』を読むこと(学び)と現代の文脈について省察すること(思考)を結合させてこそ、古典的知恵を真に現代の実践へと転換できることを教えている。
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